そんな彼女は私の母親然と食事の世話をし洗濯を気遣う。
行きたいところはあるか?
欲しい物はあるか?
困ったことはないか?
好きなものは何か?
嫌いなものは何か?
マンダレーにバスで行くの?
チケットは???

私はヤンゴンのダウンタウンを好きに出かけてはブラブラする毎日。
帰ってきては暑いだの、
ゴキブリがたくさんいるだの、
蚊にさされただの、
ぎゃあぎゃあ。
 

彼女の自慢の手料理にも食傷気味。
辛い、油っこい、お腹いっぱい、パンが食べたいとならべる。

「あなたがミャンマーの料理が嫌いなのは、よくわかったわ。好きにしたらいいわよ。」

ある日彼女がカンカンに怒った。
悲しいかな、
怒らせて申し訳ないという思いよりも、
これで開放されるという安堵感のほうが強くてほっとした。

が、翌日も彼女はドンドンと大きなノックとともに夕飯ができたと呼びにくる。
もし私が夕飯の席に顔をださないと半狂乱になって怒り狂うか、
病気にでもなったかと心配されるので、私はしょうがなく食卓につく。


かの地の食習慣がまた恐ろしい。
客人の隣に座ると「サーバ、サーバ(食べなさい)」と、ひたすら食べることをすすめる。
あれ食べたいこれ食べたいの自由はなく、さじで勝手におかずが盛られていく。
その勢いにのまれて皿を空けようと思ってはタイヘンなことになる。
皿がキレイに空いてしまったら「まだ食べたりない」という意味にとらえられ、
さらなる「食べなさい」攻勢をまねいてしまう。

くれぐれも「ごちそうさま!!」と平らげてしまってはいけない。
どこか適当なところで残しておかないといけない。

このアジア特有の(西洋では決してありえない)隣に座った女性が「ハイ食べて」とサーブする習慣に、うっとりする輩もいると思われるが、各々が好きなペースで好きなように食べることができないというのはひたすらキツイだけでちっとも楽しくない私だった。

(次回へ続く)

written by ザジゴン
 

 
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